「未来」から生まれるもの

ご存知の方も多いと思いますが、ボクは阪神・淡路大震災の被災者です。

1995年1月17日以来、人生観や音楽観がすっかり変わり、自分のための音楽から、人のための音楽へとその目的が変化しました。


そんな中、音楽家としてこの震災を後世に語り継ごうと思い「震災組曲フェニックス」を作曲しました。

第一楽章=混乱

第二楽章=鎮魂歌(レクイエム)

第三楽章=21回目の始まり

第四楽章=フェニックス(不死鳥)


そして2015年1月17日にアルバム「フェニックス〜そして明日から〜」をリリースしたのです。


時は過ぎ、令和2年7月に兵庫県西宮市から幼少期を過ごした京都府宮津市に移住というか帰郷しました。


ボクの幼少期に比べ、人口がほぼ半減したこの街で、ボクが音楽家として為さねばならないことは「宮津の未来」を音楽で語ること、あるいは「宮津の未来の担い手」に音楽で語りかけることではないかと、実に48年ぶりの宮津で感じたのです。


そこで生まれたのが「未来組曲」なのです。

第一楽章=夢

第二楽章=明日へ帰る

第三楽章=海と虹の街「宮津」(歌詞付き)

第四楽章=未来へと続く道(歌詞付き))


この中の第三楽章と第四楽章は「未来の担い手」すなわち「子どもたち」に直接語りかけるつもりで作詞作曲しました。


この曲は、元NHK歌のお兄さんである「杉田あきひろ」にしか唄えないと思っています。

それは、彼はいま完全復活するために、彼自身「未来」を必死で模索しているからです。


7月17日には、みやづ歴史の館文化ホールで、宮津のキッズコーラスの子どもたちと杉田あきひろの共演があります。

杉田と子どもたちが唄うことにとても価値があると思います。



さて、「未来」を突き詰めて考えるに、宮津だけでなく日本全国、いや全世界・地球全体に思いを馳せらざるを得ないと思いました。


そして「未来」を深めた結果、「平和」に辿り着いたのです。


折下、ロシアのウクライナ侵攻の真っ只中。

戦争は地球の未来を破壊する行為。


「未来」から生まれるもの、それは「平和」でなくてはなりません。


音楽家として「平和」を音楽で語っていくことが、「未来」を語ることと同時にとても重要だと考えています。


いま、「平和組曲〜地球・平和・未来〜」の制作中です。

また、もんどり打って苦しみ抜く日々が続きそうです。笑


画像は宮津の家についてるお地蔵さんです。後の電気がついてる格子戸の部屋は、ボクの書斎です。笑



コメント

  1. 震災組曲フェニックスは、自宅が全壊し、知り合いを何人も失い、大変な思いで家を再建した私にとって、涙なしには聞くことができませんでした。

    そして、未来組曲を聴いた時には思わず声を上げてしまいそうになる程大泣きしてしまいました。多発する大地震や原発事故のこと、日本政府が向かっている方向を考えると、日本に未来はあるのだろうか。子どもたちは健康で幸せな日々が送れるのだろうかと考えていたからです。

    そしてそして、今回のウクライナ攻撃で、ロシアの核兵器の使用も辞さないという発言に加え、『核戦争が起きてもあまり心配はない、どうせいつかは死ぬ』ということを聞いた時に、彼らに対する憤り以上に、世界で唯一の被爆国である日本が広島や長崎の現状を世界に伝えてきていなかったことに対する怒りとやるせなさを感じてしまいました。

    金谷先生の音楽は素晴らしいです。心に沁み魂を揺さる力をもっておられます。どうかどうか、先生の音楽のチカラで、日本国民、いえ世界中の人々の心に、戦争の悲惨さや無意味さを呼び起こし平和がいかに尊いものかを、そして戦争や戦争の被害が自分事であることを伝えていただきたいです。

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